頸部聴診法の基礎講座

頸部聴診法とは

頸部聴診法とは、「食塊を嚥下する際に咽頭部で生じる嚥下音や嚥下前後の呼吸音を、頸部に当てた聴診器で聴診することで、おもに咽頭期における嚥下障害を判定する方法」です。こんな風に堅苦しく説明すると、難しそう、胸の聴診も苦手だから・・・と一歩引いてしまいそうですよね。

 

でも、頸部聴診法は、判断基準や聴診のコツさえつかめていれば、言語聴覚士や看護師はもちろん、嚥下障害患者さんに関わるどんな職種でも活用できるとても簡便な評価方法なのです。

なぜ頸部聴診法が必要なのか

なぜ、嚥下リハビリの現場で頸部聴診法が必要なのかというと、VFやVEに頼らなくても、咽頭クリアランス不良や嚥下反射のタイミングのズレといった外から見えない咽頭期の病態をとらえることができるから、これにつきます。

 

VFやVEは、はっきりいってタイムリーには実施できません。検査室や機器、医師との調整が必要なので、検査したいからといってパッとその場でできるものではないのです。施設や在宅では難しいですし、病院でも相談した医師から「バリウムを誤嚥したら危ないからVFはダメ。でも安全に経口摂取を進めてね」(!?)と返され、「エ、そんな・・・」と困った経験がある方も少なくないと思います。

 

また、レントゲン室内でなにやらおおがかりな実験のようにバリウム入りの検査食を食べたり、細いとはいえ内視鏡を鼻から入れられて痛みや違和感をともなうなか飲み込んだりするわけです。「普通に飲み込んだらいいからね」と声をかけたりしますが、とても普通ではないわけです。

 

その点、頸部聴診法は、ベッドサイドであっても、施設であっても、在宅でも、いつでもどこでも聴診器さえあれば、すぐに普段の嚥下状態を評価することができます。病態がとらえられれば、トロミの必要性や濃度、食事形態、食事姿勢、食べ方・食べさせ方、訓練メニューを考えられます。そして、その効果判定も聴診器ひとつで行うことができるのです。

聴診器で頸部聴診法を行っている看護師
頸部聴診法で嚥下状態をイメージする看護師

頸部聴診法を習得するには

このページを訪れている方は、頸部聴診法をはじめて学ぼうとする方だけでなく、他で学んだけれどよく分からなかったという方も多いと思います。講師である私(大野木)自身も、頸部聴診法を学ぼうとしたけれど、どう聴き分けたらいいのか分からなくて何度も断念しかけた経験があります。

 

その大きな原因は、自分の中に聴診の判断基準をしっかり確立できていなかったからでした。基準を持たずにあいまいなまま聴いていても判断できないのは当然ですよね。しかし、嚥下評価を何とかしたいという気持ちが強かったので、VF時の嚥下音を喉頭マイクで収集し、ベッドサイドや食事場面での嚥下音を聴診器で聴いて分析していくなかで、正常な嚥下音と異常な嚥下音の判断基準を確立させていきました。

 

判断基準や聴診のコツが分かれば、嚥下の見え方は本当にガラリと変わります。それまでの、聴診器を当てて評価はするものの、結局はムセの有無を頼りに判断している“なんちゃって”頸部聴診法から、“嚥下の見える”頸部聴診法にチェンジできたのです。

 

頸部聴診法を活用して咽頭クリアランスや嚥下反射のタイミングをとらえることで、どんな食事形態や姿勢が有効なのか、どんな訓練が必要なのか、嚥下リハビリを進めていく心強い道しるべになるのです。このページで、頸部聴診法の有効性について感じてもらったら、是非、当セミナーに参加して嚥下リハビリをチェンジさせてください。


嚥下器官の解剖・メカニズム

まずは、基本的な嚥下器官の解剖やメカニズムを頭に入れておきましょう。解剖と聞いただけで苦手だと拒否反応を示す方もいるかもしれませんが、よく本に紹介されている基本的なものだけで構いません。

 

VFとVE映像で、健常者の嚥下の様子や嚥下器官の動き・見方も確認しましょう。VFは嚥下の瞬間も含め全体の流れが把握できるので、頸部聴診法を学ぶ際には、嚥下音を同時に録音したVF映像を用います。

嚥下造影検査(VF)

嚥下造影検査(VF)の写真を使った嚥下器官の解剖図

健常者のVF(嚥下音あり)


嚥下内視鏡検査(VE)

嚥下内視鏡検査(VE)の写真を使った嚥下器官の解剖図

健常者のVE


嚥下時の喉頭挙上は嚥下機能の要ともいえる大事な働きをしています。舌骨や甲状軟骨が前上方に力強く挙上することで、咽頭の収縮力を強めたり、喉頭蓋を反転させたり、食道入口部を開大させたりして、食塊を食道にスムーズに絞り込むことができるのです。

 

成人の喉頭の位置は、脊柱の高さで第4~6頸椎に位置しますが、高齢者の喉頭位置は70歳ごろから下垂しはじめ、成人期に比べ約1椎体分下降するといわれています。喉頭下垂が著明であると、咽頭クリアランスに大きな影響を与えます。

セミナーや書籍で紹介している喉頭下垂の有無の判断基準を知っておくことで、頸部聴診を行った際の判断精度がより向上します。触診で舌骨と甲状軟骨の位置関係をしっかり確認できるようにしましょう。

嚥下器官の解剖図

頸部聴診法や嚥下リハビリに必要な喉頭の解剖図

喉頭の触診手順

①甲状軟骨前面上部のくぼみ

喉頭下垂の有無を確認する手順①

②舌骨の前面

喉頭下垂の有無を確認する手順②

③舌骨と下顎骨の距離

喉頭下垂の有無を確認する手順③

④舌骨と甲状軟骨の距離

喉頭下垂の有無を確認する手④


聴診器

頸部聴診法は、聴診器を頸部に軽く当てて行います。接触子は膜型、ベル型のどちらでも構いませんが、ベル型はしっかり密着させる必要があり、膜型のほうが扱いが容易です。

 

また、高齢者では姿勢や体格などの関係で大きい接触子により嚥下運動が阻害される場合もあるので、接触子の小さい小児用聴診器のほうが扱いやすいでしょう。頸部聴診法で用いる聴診器は高価なものは必要なく、普段使用している一般のもので大丈夫です。

頸部聴診法で用いる聴診器のイラスト

小児用聴診器

小児用聴診器で頸部聴診法を行う様子

成人用聴診器  

成人用聴診器で頸部聴診法を行う様子

聴診部位

前頸部中央に位置する喉頭(甲状軟骨・輪状軟骨)の側面付近に当てて聴診を行います。文献を読んでいると、輪状軟骨直下気管外側皮膚面に当てると雑音の影響が少なくてよいとされていますが、実際には聴診部位にあまり神経質になる必要はなく、「喉頭の横」に当ててもらえば大丈夫です。

頸部聴診法で聴診器を当てる頸部の位置
患者役に対して、頸部聴診を行っている様子

頸部聴診法の判断基準

頸部聴診法について紹介されている書籍をみると、だいたいは次の文言や表が掲載されています。

 

頸部聴診法の実施方法についての記載
頸部聴診法の嚥下音・呼吸音の判定基準表

私もはじめはこれを頼りに頸部聴診法を習得しようとしましたが、その結果は“なんちゃって”頸部聴診法でした。ムセの有無や湿性嗄声に頼るので、はっきりいって聴診器がなくても診断精度は変わらないという残念な状態です。

それでも嚥下障害の有無であれば分かるかもしれません。実際、従来の診断方法で、嚥下障害の有無を80%以上の確立でスクリーニングできたという報告もあります。

 

でも、私たちが現場で求めているのは嚥下障害の「有無」だけではなく、「病態の把握」なんですよね。むせが目立って困っている、飲み込みづらいといった明らかな嚥下障害がある方に対し、嚥下障害の「有無」だけを判断していても仕方がありません。

咽頭クリアランスはどうなのか、嚥下反射のタイミングのずれはどうなのか、病態を把握してはじめて対策を検討できるわけです。

 

頸部聴診法では、嚥下音と嚥下前後の呼吸音を聴取して判断しますが、そのなかでも特に嚥下音の特徴をとらえることが大切です。異常な嚥下音には、それ相応の病態が存在します。私が作成した嚥下音分類で、正常音や5つの異常音の特徴を頭に入れておくことで、咽頭クリアランス不良や嚥下反射のタイミングのずれをしっかりとらえることができます。

 

嚥下音分類

大野木先生による頸部聴診法の判断基準表

嚥下音のイメージ図

頸部聴診法における嚥下音のイメージ図

それでは、正常音や異常音の違い、姿勢やトロミ対応による嚥下音の変化を少しだけ見聞きしてみましょう。嚥下音を聴いて本当に評価ができるの!?と、まだ半信半疑な方もきっと頸部聴診を試してみたくなるはずです。

正常音(明瞭な音)の解説

頸部聴診法における正常音(明瞭な音)の解説

正常音(明瞭な音)が録音されたVF映像


音響分析による嚥下音波形や周波数

正常音(明瞭な音)の音響分析を示した図

スロー再生で正常音の様子を診てみよう!


異常音・詰まり音の解説

頸部聴診法における異常音・詰まり音の解説

異常音・詰まり音が録音されたVF映像


音響分析による嚥下音波形や周波数

異常音・詰まり音の音響分析を示した図

スロー再生で異常音の様子を診てみよう!



正常音や異常音の特徴を知っていると・・・

トロミ対応による嚥下音の変化

喉頭下垂の影響

頸部伸展位の修正効果


いかがでしょうか?聴診器を頸部に当てて嚥下音を聴くだけで、こんなに差があるんだな、特徴を聴き分けられると便利だろうなと感じてもらえたのではないでしょうか。

 

このウェブサイトでは、正常音と詰まり音についてのみ簡単に解説をしましたが、他にも4つの異常音があります。最後の3つの動画には、正常音、詰まり音だけでなく、反射遅延音、弱い音、逆流音、連続音が少し登場していました。

典型的な正常音と5つの異常音をしっかり頭に入れ、さらにそれぞれの色んな音を聴いていくことで、現場での評価・リハビリに活用していくことができます。

 

このウェブサイトを読んで、頸部聴診法についてもっと知りたい、学んでみたいと思った方、現場での嚥下評価やリハビリに不安を感じている方は是非、嚥下リハサポートのセミナーに参加してみてください。頸部聴診法を活用した嚥下評価から、嚥下リハビリまで分かりやすく楽しく学ぶことができます。頸部聴診法に、視診や触診もあわせた評価のポイントを学ぶことで、 “嚥下の見える評価”を行いましょう!